キャプテン・シネマの奮闘記

映画についてを独断と偏見で語る超自己満足ブログです

第12回:映画館へ愛を込めてPart1 映画館の魅力を再確認せよ

今回は、緊急事態宣言及び休業要請(これが出る前から週末は休業してましてが)によって閉館している「映画館」について語っていきます。私が最後に映画館に行ったのが3月26日。一発目の週末の自粛要請が出た翌日で、仕事終わりに駆け込みで見に行って以来です。本当は夜間の外出自粛も言われているので、よろしくない行動ですが、しばらく映画館には行けないかもしれないという恐怖感が勝ってしまったのです。何しろ週末は、必ず映画館に足を運んでいた人間ですから。あれから2週間以上経過しますが、世の中の状況は悪化の一途。案の定“行けなくなるかも”は的中しました。あぁもう禁断症状が出そうです。そんな気持ちの高ぶりを制御すべく、そもそも何で映画館が好きなのかを再考していきます。

 

他のメディア媒体ではマネ出来ない映像と音響

まず、これを抜きに映画館を語ることは出来ません。最大の特徴と言えるでしょう。今や映画はDVDやBlu-ray、動画配信サービスなど様々なメディア媒体で視聴可能な世の中になりました。しかし、あのクリアでバカデカい画面と迫力ある音響を再現することは出来ません。特に私は映画館の「音」が好きです。作品にもよりますが、全身を包み込み体全身に染み渡るような音は幸福です。更に、IMAXIMAXは映像も高クオリティ)や時々開催される爆音映画祭(これマジ最高)、丸の内ピカデリー(有楽町にある映画館)のドルビーシネマなど音響にこだわった上映スタイルは色々あるので、一度は試してみる価値はあると思います。

気軽に行ける「遊園地&ミュージアム

作品のテーマ性や作り手のセンスによって個性豊かな表情を見せる「映画」。それを扱う場所だからこそ、おのずと多くの娯楽施設の顔を持ち合わすことになるのが映画館です。この顔は大きく3つあると思います。

①遊園地

家族で楽しめるようなエンターテインメント作品や迫力ある映像を売りにするタイプの作品は、さながら遊園地を訪れたようなワクワク感を味わせてくれます。私、こうした作品を連続して見に行くのはあまり好きじゃありません。飽きてしまうのです。しかし3本に1本ペースぐらいで見ると、結構テンション上がるんですよ。「遊園地」要素とはそんな感じで付き合ってます。

また日本では2013年から導入をされた4DXは、正しくアトラクション気分。映像にに合わせて座席が稼働。ミストや風、香りなどの演出も華を添え、「見る」から「体験する」への方向転換をしているのです。私自身は一度体験したことがありますが、映画の内容に集中出来ないというデメリットを感じました。お値段も通常料金より高いので、もう行くことはないでしょう。お好きな方はどうぞ~。

②博物館

 例えば、実在した人物や事件を題材にした作品を見ると歴史の裏側や初めて知る事実、新しい発見などがあったりします。またミニシアターでは、邦画・ハリウッド大作ではない様々な国の作品に出会うことが出来ます。そうしたあまり見ることのない国の作品に触れることで、その国の文化や社会問題を知ることが出来たりするのです。要するに、映画館とは博物館と同じく知識の宝庫なのです。

③美術館

絵作りにこだわった映画監督もたくさんいますから、まるで絵画を見ているような感覚を味わうことが出来ます。個人的にはシャープで落ち着いたトーンの映像が好みなので、そうした映像に出会った時は心が落ち着きます。最近で言えば『フォードvsフェラーリ』の夕焼けや『ロングデイズジャーニー/この夜の涯てへ』水面に映るザボンなどが記憶に残ってます。

あともう一つ美的要素が。それは、美男美女をデカいスクリーンで見つめることが出来ることです。映画に登場する俳優さんって6割ぐらいは、美男美女だと思ってます。「見られる」仕事ですからね。そんな状況を何の恥じらいもなく、まじまじと眺められるんですから素晴らしいことこの上ない。世に言う「眼福」というやつです。

 

「時間」の共有を肌感覚で

改めて考えてみると映画館とは不思議な空間だと思いませんか?暗闇の中で、見ず知らずの人々と方を並べて座る。そして約2時間近く黙って流れる映像を見続ける。映像が終わるとそそくさと会場を後にする。演劇やコンサートホールの会場も同じようなシチュエーションですね。

では、なぜこうした環境の娯楽施設が多いのか。私が個人的に思っているのが、人間は何かの物事を共有すること幸福を抱く生き物だからです。いつだか紹介した映画『イン・トゥ・ザ・ワイルド』に登場する言葉を引用します。

「幸福が現実になるのは、それを誰かと分かち合った時だ」

TwitterInstagramといったSNSの発達、YouTubeでの動画配信、オンラインゲーム、私がこうして書いているようなブログだって何かを分かち合いたいという人々の思いがあったから発達したのだと思います。こうしたメディア媒体のみならず、仕事を生きがいにしている人だって根底にあるのはこれなのです。

映画館では、隣に座っていた人が知らなければ会話することは基本的にないと思います。人によって面白かった・面白くなかったという捉え方も異なるでしょう。でも、それで良い。言葉なんて必要ありません。その上映していた「時間」を共有したこと自体に意義があると思います。『ダークナイト』や『インセプション』を監督したクリストファー・ノーランもこんなことを言っています。

「私自身もそうだったが、映画館に行くのは、音響や、スナック菓子、ソーダとポップコーン、それに映画スターのためだと考えていたかもしれない。しかし、実際は違ったのだ。私たちは、お互いのために、映画館に行っていたのである。

映画とは、集まって見るから楽しさが一層増すものなのかもしれません。次いでに言えば、上映時間中は社会的地位や経済的な余裕は関係ありません。そこで行われていることは「映画を楽しむ」というだけですから。映画館は、人々に平等性を与える場でもあるのです。

 

おわりに

ここまでバカみたい映画館への愛を叫んでいましたが、近年こんな状況下にあります。

research.nttcoms.com

 

 2019年調査によると、映画館に訪れた人の割合は40.3%と前年の35.3%より上昇しています。しかし近年のデータを見ると軒並み30%代。ざっくり言えば10人いたら3人しか1年の間に映画館へ足を運ぶ人がいないという状況なのです。私も「映画館なんていつ行ったんだろう」と言う人とたくさん出会ってきました。この背景には、他国と比べ料金が高いことやそもそも映画に興味がある人自体の減少なども囁かれています。

ただでさえ鑑賞率が伸び悩んでいる状況下で襲ってきたのが、今回のウイルス騒ぎ。このままでは、本当に危険です。既にミニシアターの支援のため業界関係者を中心に行動が始まっていますが、一刻も早く政府からの支援要請が出ることを強く願っています。またあの「映画を見る喜びを共有する」日を夢見て。

それでは、ここら辺でお開きです。ありがとうございました。

 

参考:

「映画館が闇に包まれた」前代未聞の事態、クリストファー・ノーラン監督が心からの訴え | THE RIVER