今回はアメコミヒーロー映画の中でも屈指の人気を誇る2008年公開『ダークナイト』を語ります。きたる7月10日からIMAX&4DXでの再上映が決定。WOWOWでは去年公開の『ジョーカー』のテレビ初放送を記念してこの『ダークナイト』を始めとした関連作品の放送が行われるそうで、まことしやかにブームが起きそうな予感です。
私が本作を初めて見たのは中学生の頃でした。それまでの私は「映像に迫力がある=面白い」という価値観でしか映画を見ていませんでしたが、この作品を見た瞬間その価値観は崩壊。これをきっかけに映画に対する情熱が高まり、今の自分が形成されていったのです。要するに私を「映画」という果てしない底なし沼に突き落とした張本人というわけです。
じゃ何がそこまでの変化をもたらしたのか。原因となった要素をアツく語っていきます。毎度の事ながら、ネタバレ注意です。
イントロダクション
アメリカのDCコミックが誇る人気キャラクター、バットマンを『メメント』や『インセプション』のクリストファー・ノーラン監督が映画化した作品。3部作シリーズの2作目にあたります。(本作は前作『バットマン ビギンズ』を見ていなくても充分楽しめますよ)
財閥グループの御曹司であるブルース・ウェイン(クリスチャン・ベイル)は、バットマンと名乗って夜な夜な悪人たちをボコしていました。勿論法律で認められているわけではないので、一部から批判が出ています。そんな中、ピエロのメイクと紫色のスーツに身を包んだチンピラ、ジョーカー(ヒース・レジャー)が街で殺人ゲームを始めると宣言。やめる条件はバットマンが素性を明かすことだと要求します。素性を明かすのちょっと…と渋るバットマンはジョーカーを捕まえるべく、着任したばかりの地方検事ハービー・デント(アーロン・エッカート)とベテラン刑事ジム・ゴードン(ゲイリー・オールドマン)と共に追跡を始めます。
ちなみに今作は、いわくつきの作品。
アメリカコロラド州の映画館で3作目にあたる『ダークナイト ライジング』の上映中に銃乱射事件が発生。12人が死亡、58人が負傷しました。この犯人は取り調べの際に自分はジョーカーだと発言したと言われており、作品に影響を受けてたと考えらてれます。
このような事件があったため、去年公開の『ジョーカー』では警察や州兵などが厳戒態勢を取ってました。幸い何事もなったですが、映画館に脅迫文が届くなどの事案はあったそうです。
こんな騒動が起きてしまうほどの底知れぬパワーがある作品であることはお分かりになると思います。
冒頭で度肝抜かれる
私が所有しているDVDの裏面にですね、こんなことが書かれています。
「覚悟せよ。度肝を抜かれる。」
この言葉、大袈裟な表現ではありません。初見の人ならきっと冒頭で度肝抜かれることでしょう。私も初めて見た時は心底驚きました。こんな短時間で軽めのどんでん返しをかましてくるなんて想像もしていませんでしたからね。
高層ビル群が建ち並ぶ空撮映像からスタート。綺麗な映像だと思っていると、そのビルの中の一枚の窓が割れます。どうらやピエロのマスクを被った2人の男が割ったようで、その割った窓からワイヤーを使って隣のビルの屋上に移ろうとしているのです。そしてこのシーン。
不穏な雰囲気をはらんでいます。ピエロのマスク達は銀号強盗をしようとしており、屋上からの侵入者は警察に通報出来ないように電話線を切る手はずになっているようです。銀行に乗り込むピエロたち。銃で行員を脅して上手くいっているようですが…ここからまかさの展開。屋上からの侵入者の一人が仲間を撃ち殺します。さらに銀行員の一人がショットガンをぶっ放して来ます。一体何が起きているのか。驚きが畳み掛けてきます。そしてこの一件の真相が認識出来た時、尋常ではない映画だと感じることになるはずです。
ここまでのシーンは、ほんの数分。情報量は多いですがしっかり把握できる仕組みになってますし、ガッチリ心つかまれるシーンなのです。
映画を面白くする決め手は俳優
本作の一番の魅力といえば俳優たちの演技合戦。演技ってものに注目して映画を見た初めての作品でした。それでは主要人物3人にフォーカスしてみます。
クリスチャン・ベール(バットマン/ブルース・ウェイン)
本作の主人公。コウモリに扮したハイテクスーツで街のゴロツキをボコる金持ちヒーローです。お金持ちヒーローと言えば、トニー・スターク/アイアンマンが思い浮かぶかもしれませんけど、印象はかなり異なります。なぜなら、彼には幸せそうにしているシーンがないからです。一度も笑わないですからね。
ヒーロー活動で生傷の絶えない日々の中、唯一弱音を吐ける相手である執事のアルフレッド(マイケル・ケイン)には、“俺のやってることって正しいよね?”と問いかけたり、幼馴染みで想いを寄せる相手レイチェル(マギー・ジレンホール)は、よりによってハービー・デントと付き合ってる状況だったり…。親は子供の時に亡くしているので、孤独極まりない生活をしています。(って言うか生活感ゼロですね)
そんな辛いことばかりでも、弱音を一切表に出さぬように常に踏ん張っているような印象を受けました。この感情を表に出さず冷静さを保とうとする姿を役作りがストイックで有名なクリスチャン・ベイルが好演してます。個人的には、今までの映画のバットマンでは最も人間味があって好きです。
ヒース・レジャー(ジョーカー)
ピエロのメイクに紫色のスーツという悪趣味っぷり満載。ナイフとガソリンとグロックのマシンピストルを愛する狂人です。
このキャラクターは設定が秀逸。なぜなら分からないことばかりだからです。
まず犯罪目的がはっきりしません。強盗はするし、バットマンが名乗り出ないと毎日人を殺すと発言するなど犯罪に一貫性がありません。真の目的が不明な敵を前に困惑するブルースに対して、執事のアルフレッドがこんなことを言います。世の中が混乱し、燃え盛る様子を見るのが好きな人間もいるのだと。
また素性も不明です。本名やどうしてピエロのメイクをしているかは明かされません。顔の傷についてはジョーカー本人の語るシーンが登場しますが、2パターン登場するためどちらも作り話の可能性があるわけです。
原作コミックでは素性やジョーカーになった経緯などが設定されているのに、そこには全く触れずにオリジナリティ溢れるキャラクターにしたのです。
どうしてそんなことをしたのかと考えてみると、人は理解の出来ない物事や分からないことに恐怖を覚える生き物だからだと思います。例えば幽霊が怖いという心理は姿が見えず分からない存在だからですよね。この人間の心理を巧みに利用して恐ろしキャラクターを作ったとしか考えられない設定は素晴らしいです。
そして、それを完璧に演じきったヒース・レジャーには脱帽です。話し方から歩き方まで、悪役史上屈指の不気味さを全身全霊で表現しています。特に笑い声は一度聴いたら忘れられないと思います。またこの方、素顔は超イケメン。メイクや演技せいでイケメンさゼロになっちゃってます。イケメンを封印する演技なんてスゴいですね。
しかし残念なことに、彼は公開前に命を落としてしまい、死後本作の演技が評価されて米国アカデミー賞助演男優賞を受賞することになります。一部では役にのめり込み過ぎて、うつ病となって自殺したのではと言われています。(遺族は自殺を否定してました) 結局真相は不明ですが、少なくとも役に入り込み過ぎるのは危険なことだというのは間違いなさそうです。
アーロン・エッカート(ハービー・デント)
着任したての地方検事さん。正義感に溢れるケツ顎イケメンです。「光の騎士」と呼ばれ市民からの絶大な支持を得ている反面、内務調査部で働いて頃には、その行き過ぎた行動から影で「トゥー・フェイス」と揶揄さていました。二面性のあるキャラクターというわけですが、これが後に悲劇を生むことになります。具体的な原因については触れませんが、あることがきっかけで「トゥー・フェイス」と呼ばれた裏の顔が暴走することになるのです。
この起伏の激しいキャラクターをアーロン・エッカートが丁寧に演じている印象を受けました。バットマンとジョーカーの存在に隠れがちですが、病院でのジョーカーとの対峙シーンも含め、良い味出していたと思います。
それとあまり関係ない話ですが、このアーロン・エッカートさん。個人的にはどうしても『世界侵略:ロサンゼルス決戦』(2011年公開)の軍曹さんのイメージが強い。“ああいう軍人さんって絶対いるよな”という私の勝手な思い込みによるものだと思いますが、こちらも是非チェックしてみては?
音楽も重要なスパイス
イントロダクションで載せた予告でちょろっと聴けますが、なんでしょう、あの荘厳で緊迫感のあるメロディーは。血潮が湧きます。
思えば『スターウォーズ』にしても『ミッションインポッシブル』にしても『ゴジラ』にしても、タイトルを聞いただけでテーマ曲が頭に思い浮かぶ作品は多々あります。作品によりインパクトを与えるという意味で、音楽って重要なんですね。
ヒーロー映画なのに奥が深い
本作は描いているテーマもユニークさを感じます。
よくある「正義は勝つ!」とか「愛は勝つ!」といった典型的なヒーロー映画には見えません。どちらかと言えばその逆。人々の「悪」を描いた作品だと考えています。
私は何回か見ているうちに、ある文豪小説とリンクしていると思うようになりました。それが中島敦の『山月記』です。中学か高校だったかの国語の授業でやったという方も多いと思います。ざっくりと内容を説明すると、出世が上手くいかないことによってプライドが傷き、次第に虎へと変貌を遂げる男の話です。
この小説ではプライドが傷付いたことによる自尊心の喪失が獣になった理由と解釈出来ますが、獣になるトリガーは人によって違うはずです。叶えることが困難な欲望。愛する人を失った悲しみ。いじめや差別への反発心など考えられる要素は様々。
本作のジョーカーが獣になった明確な理由は分かりません。しかし一つ気になる発言を冒頭にします。
死ぬような目にあった奴はイカれちまう
一体どんな過酷な経験をしたのでしょうか。ここまでの悪党になったのには相当根深い過去があるのかもしれません。
また『山月記』に話を戻しますと興味深い文章があります。
人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己(おれ)の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。
私はこの文章から、誰の心の中にも猛獣という名の「悪意」が巣食っていることを意味していると受け止めました。故に、誰しもがジョーカーのような人間になってもおかしくはないのかもしれません。
よって本作は「悪意」の存在を再認識させ、それをどうコントロールしていくのかを問いかけいるというのが私の解釈になります。
まとめ
↑撮影時に使用したバットマンの衣装
以上、色々な側面から語ってきましたが、まとめてしまえば、映画の醍醐味を教えれくれた集大成的な作品なのです。
そんな私にとって一つモヤモヤする件があります。それは漫画『東京タラレバ娘』です。東村アキコ氏による漫画。独身女性の恋や仕事の葛藤をコミカルに描いた作品で、吉高由里子主演でドラマ化もされたようです。漫画を読んだわけではないですが、ネットの見ていると時々この漫画での『ダークナイト』に関する発言が目に入ります。
では、その発言を引用します。
男は大好きだけど女が見ても全然面白くない映画No.1…。大体なんで男ってアメコミヒーローものの映画が好きなわけ?あんなもん現実にいないのに、よくまぁヒーローの悲哀だとかプレッシャーだとか言って、大体あたし『スパイダーマン』とかも全っ然面白いと思わないし、つーかゴッサムシティて何よ?さっさと捕まえりゃいいじゃないのよ。このジョーカーのおっさんブラブラ歩いてんだからケーサツと軍で一気に捕まえりゃ、こんなん10分で終わる映画よ。
あらっ。『ダークナイト』ってそんなに女性から嫌われたんですか。多分好きな女性もいるでしょうし、逆に嫌いな男性も居るとは思いますけど。
まぁー気持ちも分からないでもないです。この場面だけ見ると男性の方が「傑作」と断定して主人公に押し付けているように見えるので、反発したくなる気持ちは芽生えることでしょう。私も自分が好きな作品を人に押し付けないように意識はしているつもりなので。
しかし映画を愛する者としては断じて許せないのが最後の文章。
「ケーサツと軍で一気に捕まえりゃ、こんなん10分で終わる映画よ。」
これ、映画の世界において禁句だと思います。このように正論ぶつけて、揚げ足を取るような考え方を用いた場合、ほとんどの作品が成立しなくなってしまうからです。
そもそも映画とは、ドキュメンタリーでもない限りフィクションの世界を描いた創作物です。実話を基にしてる作品ですら脚色しちゃったりします。だからツッコミどころがあったり、ありえない展開をするのが当然のはずなんです。それを、よくもまぁーネチネチと…。漫画にだって有り得ない展開があったりファンタジーを描いたりするんじゃないんですかね。娯楽を提供するという観点では同じベクトルなのに、どうして溝を生むようなことを言うのでしょうか。『ダークナイト』が嫌いなのは構いませんし、『ダークナイト』を語る人間を嫌っても結構。ただ、映画の根本理論を否定するような考え方はしないで欲しいものです。
また「男性だから○○」「女性だから○○」といった偏見じみたニュアンスや地味に『スパイダーマン』も敵に回していることなど癪に障る部分は多々ありますが“こんな風につまらない見方をする人もいるんだ”ということを学べたのは一つ収穫ですね。
そろそろヤバイなw。これ以上書くと炎上案件になり兼ねないので止めます。いや、充分色んな人を敵に回した気がしますが。
それでは、この辺でお開きです。ありがとうございました。
↑最後にジョーカーさんのフィギュアの写真を
参考: