キャプテン・シネマの奮闘記

映画についてを独断と偏見で語る超自己満足ブログです

第144回:映画『RRR』感想と考察

今回は現在公開中の映画『RRR』(アールアールアール)を語っていこうと思います。毎度のことながらややネタバレ注意です。

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↑雷神風神みたいな主張が凄いポスター画像

イントロダクション

英国植民地時代のインドを舞台に2人の男の友情と大義を描いたインド産アクション超大作。タイトルの「RRR」は、「Rise(蜂起)」「Roar(咆哮)」「Revolt(反乱)」の頭文字に由来するんだそう。怒りと戦いの匂いがプンプンです。

時は大英帝国に植民地支配をされたインド。総督夫人の勝手な都合でさらわれた幼い妹を救出するため立ち上がったビーム(N・T・ラーマ・ラオ・Jr)と、ある使命のために英国政府の警察官となったラーマ(ラーム・チャラン)。2人はお互いの素性も知らずに出会いを果し、唯一無二の“兄弟”となる。そんな二人に絆か使命を獲るかの決断が迫られる事となる。

監督はS・S・ラ―ジャマウリ。日本でもかなり話題となっていた「バーフバリ」シリーズの監督です。私「バーフバリ」シリーズは未見なんですよね。定期的に再上映がやっていたりしますし人気があるのは知ってたんですけど。こりゃ観ないといけませんな。

上記シリーズも観ていないレベルのインド映画には疎い人間なので、存じている役者は居ないなと思っていたら、なんと総督役はレイ・スティーブンソンじゃありませんか。2008年公開の『パニッシャー:ウォー・ゾーン』でパニッシャーことフランク・キャッスルを演じた方。あの容赦なき様はアメコミ映画でも屈指。私、地味にDVD持ってるんすよ。今作ではパニッシャーもびっくりなアクロバット狙撃を披露しています。

エンジン全開!

まず本作のアクションシーン全てが驚異的です。虎とのランニングチェイス、一対多のゲリラ戦、高速ダンスバトル、肩車ファイト、“軍師”による弓矢無双など一体どこからそんなアイディアが思いつくのか理解の範疇を超えた情報多量なアクションパレード。ありえない?物理の法則が云々?そんなもん知らん!見どころが多くてお腹いっぱいです。とくに好きだったのは続き前半の大詰め、パーティーにカチコミからのタイマンファイトです。まずどうぶつ奇想天外!な殴り込みのかけ方に思わず笑ってしまいました。そんなバカなwワイルド過ぎる。 そして水と炎と拳が入り乱れるタイマンファイトでボルテージは最高潮に。遠近を駆使した攻撃の数々とメリハリのある動きが大迫力&観やすい。これは今年のベストアクションシーン当選候補ですわ。

こうしたアクション以上にボリューミーなのがビームとラーマによる最高純度のブロマンス。運命的な出会い、紡がれる絆、葛藤、そして共闘。ありきたりな流れですが二人の真っ直ぐ過ぎる視線も相まってとにかく濃厚。それに言葉に頼らずキマった画での魅せ方が上手い。バイクと馬での並走シーンがマジで格好良かったです。境遇は違うけど突き進む方向は同じみたいなものを感じました。こんなに純粋の高いブロマンスを映画館で観るのは『フォードvsフェラーリ』以来じゃないかな?(今年は『アンビュランス』があったけど)筋肉と筋肉がぶつかり合うような泥臭い友情ってアツいっすね。装填!狙え!撃て!

まとめ

以上が私の見解です。

ここまで褒めちぎってきましたが引っ掛かる要素もありました。

敵として描かれる大英帝国は威張っているだけのヤクザな集団と化していて明確なプロパガンダ色を強く感じます。インドともイギリスとも縁のない人間からするとセポイの乱や非暴力不服従などを歴史の授業でやったなぐらいで何とも言えないのが本音ですが。

その他主演2人以外のキャラは表面的に感じたり、大作映画でやりがちな薄味恋愛描写がありましたが、そんな事は気にしなくなる圧倒的熱量。映画館で観ないと面白さが半減してしまうかもしれませんし「映画」だからこそ出来る力技だと思いました。

という事この辺でお開きです。ありがとうございました。

第143回:映画『殺し屋たちの挽歌』感想と考察

今回は80年代を中心とした名作を12か月連続で上映する「12ヶ月のシネマリレー」という企画で観た映画『殺し屋たちの挽歌』を語っていこうと思います。毎度のことながらややネタバレ注意です。

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イントロダクション

ポスター画像、格好良くないですか?それで気になっていた1984年のサスペンス映画です。当時の日本での劇場公開は無かったようですね、えっレアじゃん?

強盗団を裏切ってスペインに潜伏していた ウィリー(テレンス・スタンプ)。しかし10年後のある日、ウィリーの前に2人の殺し屋(ジョン・ハートティム・ロス)が現れる。彼らの目的はウィリーを誘拐しパリで待つ強盗団のボスに送り届けることだった。道中、巻き込まれるかたちで一緒になった一人の女(ラウル・デル・ソル)と共に、奇妙な4人の旅が描かれる。

『スーパーマンII 冒険篇』(1980年公開)や『ラスト・ナイト・イン・ソーホ』(2021年公開)のテレンス・スタンプに『1984』(1984年公開)や『Vフォー・ヴェンデッタ』(2005年公開)のジョン・ハート。そして『パルプフィクション』(1994年公開)等タランティーノ作品でお馴染みのティム・ロス とイギリスの実力者が揃ってます。そういえばティム・ロスMCUのドラマシリーズ『シー・ハルク』でマーベル作品への復帰をしていましたね。何だか最終話が大荒れだったようで。『ムーンナイト』が個人的に空振り三振だったので、MCUのドラマシリーズからは少しソーシャルディスタンスを取っていたのですが逆に気になってきたぞ。デアデビルの音沙汰も気になりますし。

死への旅路

一時の迷いでミスもするし情が湧く時もある。決して完璧ではない人間味のある殺し屋たちが織りなすシュールな旅路。その旅の結末も去ることながら本作のテーマは「死」についてだと感じました。言わば死への執行猶予ロードムービーといったところです。

興味深いのが主人公の男の心境。潜伏先で誘拐をされ、移送先にて殺されるという状況なのにどこか楽観的な印象。殺し屋2人に対して協力的だし悠長にアドバイスなんてしていたり。心のどっかで“俺、殺されないじゃね?”と思っている節を感じられます。

そんな彼が後半あたりで“死は自然現象、人生の通過点でしかない”といったような死生観を口にします。死を恐れたって仕方がないスタンスだから自分の状況を楽観視していると伺えます。まぁ確かに自然現象だとは思います。いつどんなシチュエーションで死ぬのかを確認することは誰にも出来ません。唐突に訪れる可能性があるから厄介な話。だから真面目に考えたって仕方ないのかなと思います。

ただそれは「死」を直に感じられいないから言える机上の空論。いざ「死」を受け入れるしかない状況下に置かれた時、主人公はどんなリアクションを取るのか?ここに人間の真の姿が現れているのかもしれません。

まとめ

以上が私の見解です。

ジョン・ウィック」シリーズのようなここ最近の殺し屋映画で見られる派手さはありませんが、渇いたテイストが後引く激シブ殺し屋映画でもあります。ガソリンスタンドのシーンとかなかなかですよ、隠蔽工作の仕方とかリアリティが感じられました。あれですね『ノーカントリー』(2008年公開)が好きなタイプの人にはささるかも。

ということでこの辺でお開きです。ありがとうございました。

第142回:映画『マイ・ブロークン・マリコ』感想と考察

またまた久しぶりとなりました。本当は映画『LOVE LIFE』について語ろうと思っていたのですが、上手く文章化が出来なくてですね。こういう時は無理にアウトプットするより、そっと心の中にしまっておこうと思います。時々あるんだよね、感動したのに上手く伝えられない系映画。という事で今回は現在中の映画『マイ・ブローリン・マリコ』について語っていこうと思います。毎度のことながら、ややネタバレ注意です。

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イントロダクション

平庫ワカの同名コミックの映画化。漫画に疎い私なので無論未読ですが、たまたま予告を見かけた時に大好物のロードムービーっぽかったので観に行きました。

訪問販売の会社で働く主人公 シイノトモヨ(永野芽郁)は、親友のイカガワマリコ(奈緒)が自死を選んだことをTVのニュースで知る。幼い頃より父親から虐待を受けていた事が原因だと考えたシイノは、マリコの遺骨を両親から強奪し弔いの旅へと踏み出す。

永野芽郁奈緒の他に窪田正孝尾美としのり、𠮷田羊が出演。主要な登場人物が少ないので主役である永野芽郁の一人芝居が多めな印象です。まぁロードムービーってジャンル自体が一人芝居になる傾向ですが、やや柄の悪いキャラ設定も含めて新鮮だった気がしますね。

少し面倒なダチに愛を込めて

開始早々友人の自殺のニュースから始まる本作。親や恋人からの暴力、ブラック企業 といった生きずらい現実も横たわります。そんな中で語られる不良とヤンデレのちょっと面倒な友情は、決して綺麗な記憶だけではなく寧ろ悲しい記憶も多かったり。それでも強い絆で結ばれている事が伺えます。また、友を弔う旅を通して失いつつあった自分を取り戻す“再スタート”が描かれていたので、この点はロードムービーらしくて良かったかと思います。

といったようにストーリー自体は気に入りましたが、細かい部分が引っ掛かりました。まず全体的に台詞がしっくりきません。特に独り言が嘘臭いせいで演技が時々クサく見えたところは残念。原作通りなのかも分かりませんが、映画ならアプローチを変えた方が良いです。煙草スパスパやさぐれ永野芽郁は悪くなかったけどね。また遺骨を強奪してベランダから飛び降りるシーンや終盤の岬でのシーンといったアクションが伴う場面の表現が乏しくも感じました。スロー&無音じゃなくてさ、もっと大胆で疾走感のある動きを見せた方が物語に合ってる気がしました。

まとめ

以上が私の見解です。

つべこべ文句垂れましたが、邦画でロードムービーを観ることは少ないので個人的には収穫だったかなと思います。こういうタイプの映画は是非とも増えてくれれば嬉しいです。

ちなみに作中で登場する映画館、一発で見抜きましたよ。あれは立川シネマシティですね。個人的に再上映作品の有難さNo1の映画館です。『コマンドー』『タクシー・ドライバー』『ダイ・ハード』『プレステージ』の劇場体験が出来たのはあそこのおかげ。『マッド・マックス怒りのデスロード』なんて一体何回観たことか。もちろん通常の新作も幅広いですし、極上爆音なるサウンドにこだわった上映や昭和記念公園も近いので超おススメの映画館です。マリコ、いいセンスだ。

ということでこの辺でお開きです。ありがとうございました。

第141回:最近読んだ/読んでいる本についての雑談

今週のお題「最近おもしろかった本」

ってタイムリーじゃん!となったので今回は映画ではなく本について書いていきます。

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↑紅葉、そろそろか?

きっかけ

今回お題に便乗しようとした理由は、丁度職場で似たような事を聞かれたからでした。その聞いてきた方は、文章を書くのを趣味にしたいらしく、参考になりそうな綺麗な文章の小説はないか?という話。

綺麗な文章…。なかなか難しいですよね。読書をしている時にしてもこうしてブログを書いていても追及した事はあまり無いぞ、素人だし。とそんな事を思いつつ、作家でいえば伊坂幸太郎吉田修一が個人的に好きである事と綺麗な文章なら芥川賞受賞作を読むと良いかもと返しました。

ホントはアツく語りたかったんですけど、職場というのもありますし、誰かにおすすめを聞かれて答えた作品を後になって読んだというリアクションを貰った覚えがないので、そこまでアツく語る必要もないかなと。まぁ映画でもそうですけどね。実際に読んでくれたり観てくれる人が現れたらきっと私は泣いて喜ぶでしょうw。

↓丁度去年あたりに書いた読書についての記事がこちら

captaincinema.hatenablog.com

最近読んだ本

で、本題となっている最近読んだ本についても触れておきましょう。

私が最近読んだのは伊坂幸太郎の『グラスホッパー』という小説。

主人公の元教師 鈴木は妻を殺した男へ復讐を試みていたが、目の前で車に轢かれる姿を目撃。「押し屋」という殺し屋の仕業らしく、鈴木はその男を追うことになる。この「押し屋」を追うのは彼だけではなく、自殺を誘導する「鯨」とナイフ使いの「蝉」という殺し屋たちも追い始めていく。

この殺し屋小説の2作目にあたる『マリアビートル』が現在劇場公開中の『ブレット・トレイン』で映画化された影響もあってかなり久しぶりに読み直しました。

改めて読んでみると、伊坂作品中では割と異質というか『マリアビートル』や『AX アックス』とは違ったドライな印象を受けました。主人公が復讐に囚われている点や車に轢かれるシーンや暴力が振るわれる様子を詳細かつ無機質な感じで描いているからなのかもしれません。ハードボイルドというのが相応しいかも。勿論、鮮やかな伏線回収やユーモアのある会話は健在でした。

ちなみに私が現在進行形読んでいるのは前野ウルド浩太郎の『孤独なバッタが群れるときーバッタを倒しにアフリカへ エピソード1』という新書。読み始めたばかりなのでまだ何とも言えませんが、農業に大きな被害をもたらすサバクトビバッタの群れとの戦いが描かれた前作『バッタを倒しにアフリカへ』が面白かったので期待大です。

↓『マリアビートル』とその映画についてはこちら。

captaincinema.hatenablog.com

まとめ

以上、奇しくも「こうたろう」と「バッタ」が繋がった雑談でした。

話は戻りますが、職場でのエピソードで一つ思ったことをまとめとしておきます。

今回のエピソードは進捗報告や業務連絡が行われる朝会でのこと。30分という時間が決まっている事とテレワークで会話をする機会が少ないご時世柄、諸々の連絡が終わり時間が余るとチーム内の誰かしらが雑談をするというのが恒例となっています。でこの小説云々の話になった際、私以外のメンバーで具体的な小説名や作家を挙げる人は居なかったのです。あまり話が盛り上がらなかったって事ですけど、活字離れというものは世代を問わず世の中全体で進んでいるんだなと思いました。余暇時間の過ごし方が多様化したり調べたい情報はネットからすぐ拾えるような時代ですから、まぁそうなるだろうとは思いますがやっぱり寂しい気はします。カフェ併設といった書店のおしゃれ化やYOASOBIのような活動が今後のキーになってくるのかもしれませんね。

ということでこの辺でお開きです。ありがとうございました。

第140回:映画『ドライヴ』&『オンリー・ゴッド』を語る

久しぶりとなりました。まぁ雨ニモマケズ連休を活用していた事もありますが、落雷の影響でインターネット回線が一時使えなくなるという不運にも見舞われたので更新が遅くなりました。ネットが使えなくなるってなかなか辛いもんですね、ここまでスマホやPCが普及していなかった子供の頃はなんら問題なかったのになぁ。

そんな今回は、デンマークが誇る鬼才 ニコラス・ウェンディング・レフン監督の特集上映が渋谷でやっており、そこで観た2011年の『ドライヴ』と2013年の『オンリー・ゴッド』を語っていこうと思います。毎度のことながら、ややネタバレ注意です。

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ドライヴ

今まで観た映画の中で一番かっこいい映画は?と聞かれたらまず最初に答えたくなるのがこの作品です。

昼は修理工場とスタントマンとして働き、夜は強盗の逃がしを請け負う超一流の“ドライバー”(ライアン・ゴズリング)。隣人の女性(キャリー・マリガン)を愛した事で、裏社会を相手にした争いに身を投じる事となる。

ってな感じでストーリーそのものはシンプルで比較的王道なクライムサスペンスです。しかし、一見すればそのギラギラした魅力に酔いしれることになります。ライティング、色彩、カット割、音楽、服装、ロスの夜景、ライアン・ゴズリグ…と全ての要素がカッコ良い。とくにバイオレンスシーンの「動」とその前後の「静」と緩急の付け方が圧倒的センスの塊。グロテスクではなく怒りや痛みが表現されているのも好感が持てます。

勿論タイトルが“ドライヴ”の通りカーチェイスシーンもカッコ良さが溢れています。冒頭で繰り広げる警察とのチェイスは『ザ・ドライバー』(1978年公開)のような駆け引きを駆使した緊張感のあるものに。中盤ではエンジンの轟音を響かせる「マッドマックス」シリーズのようなド直球チェイスを。そして終盤には追跡からのタックルというチェイスよりも車による暴力を魅せてきます。カーチェイス一つ取っても様々なバリエーションがあるわけです。某野蛮な速度で車を壊すだけのシリーズには見習って欲しいです。

これは脳味噌に直接流し込むアルコールか、いや映画オタクのためのアダルトビデオか。例えはともかく、そんなタガが外れたカッコ良さが詰まったネオノワールの傑作です。

オンリー・ゴッド

ここまで「カッコ良い」ばかり言ってきて語彙力のしょぼさが露呈していますが、更にその格好良さに磨きがかかりすぎたのが『オンリー・ゴッド』です。

バンコクでボクシングジムを営むジュリアン(ライアン・ゴズリング)。ある時兄が殺され、アメリカから駆けつけた裏社会とも繋がりを持つ母(クリスティン・スコット・トーマス)に復讐をするよう命じられる。しかし彼の前に刀を手にした自称元警察官の男が立ちはだかる。

こちらもゴズリングが主演。それもあってかカッコよさに突っ走た挙句、ストーリーがほぼ皆無に近い状態に見えます。セリフも少なきゃ展開も読みづらい。でもそれで良いのです。だってカッコ良いから。

青と赤、紫を基調とした毒々しくも甘美な雰囲気と強烈なシーンの数々で構成された90分。そしてキャラクターの個性も強いです。虚無感の塊みたいな主人公と完全に目がラリっちゃってる兄貴。その二人の毒親お母さん。何より印象深いのが謎の男 チャン。周りの警官とは異なるラフな格好で、背中に隠し持った刀で罰を執行していく容赦なきゴッド。そして事を成し遂げると必ず哀愁漂う顔でカラオケを熱唱するカラハラおじさんでもあります。

母親に対するコンプレックスやマッチョイズムもテーマとして見え隠れしているように感じますが、良い映像とキャラがあれば映画は成立してしまう事を証明付けるかのような尖りまくった怪作です。

以前に家で観た時はあまり良さを感じなかったんですけどね。映画館になると音質の良さとライティングの陰影がハッキリと見えるせいもあってかめちゃくちゃブッ刺さりました。『ドライヴ』より好きかも。

まとめ

以上が私の見解です。

ちなみに上記2作以外に1996年の『プッシャー』も観ました。こちらはレフン監督のデビュー作。麻薬の売人が嵩む借金の返済に奔走するクライムサスペンスとなっています。どう頑張っても悪い方向へまっしぐらに突き進む売人の物語はなかなか絶望的で面白かったですが、『ドライヴ』&『オンリー・ゴッド』のようなクセの強さと映像のキレ味みたいなものが薄かったと思いました。通りすがりのチャリンコに箱をぶん投げつけるシーンは思わず笑ってしまった。

それとムキムキトム・ハーディが刑務所内で喧嘩しまくる2008年の『ブロンソン』も観たかったのですが、こっちは予定が合いそうにないな…。何なら「プッシャー」の2作目と3作目も。まぁ欲張ってもしょうがないですね。

ということでこの辺でお開きです。ありがとうございました。

第139回:映画『沈黙のパレード』感想と考察 ※ドラマ「ガリレオ」シリーズについても

今回は現在公開中の映画『沈黙のパレード』について語っていこうと思います。毎度のことながら、ややネタバレ注意です。

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イントロダクション

東野圭吾の人気シリーズ「ガリレオ」の9作目にあたる同名小説の映画化。「ガリレオ」はドラマシリーズと劇場版2回の映像化がされています。ちなみに私「ガリレオ」シリーズの原作小説に関しては『容疑者Xの献身』は多分2回読み、『探偵ガリレオ』だかを随分前に読んだ程度。今作は真っ新な状態で観ました。

数年前から行方不明だったある女子高生が遺体となって発見された。警視庁の内海(柴咲コウ)によると、容疑者は物理学者 湯川(福山雅治)の大学時代の同期である草薙(北村一輝)が以前に担当した少女殺害事件で容疑を掛けられたものの、黙秘を貫いた事で無罪となった男(村上淳)だった。男は今回も黙秘を貫き証拠不十分として釈放。女子高生が住んでいた街に戻って来るが、夏祭りの日に変死体となって発見される。

福山雅治柴咲コウ北村一輝のお馴染みのメンバーに加え、今作では飯尾和樹戸田菜穂、𠮷田羊、岡山天音檀れい椎名桔平などが出演。さすがフジテレビの映画ってメンツです。グランドホテル形式の邦画大作といえばフジテレビなイメージは私だけかな?

※ドラマシリーズについて

前2作品の映画について語るのもありだったのですが(とくに2008年公開『容疑者Xの献身』は傑作だからね)、丁度映画公開を記念してか平日の昼に再放送しているドラマを改めて見たのでその話でもしようかと思います。なんせ私、とにかくこのドラマのファンで再放送があるとつい見てしまいます。

第1シーズン目が2007年、第2シーズン目は2013年に放送。先日放送された「禁断の魔術」も含めスペシャルドラマも幾つか放送されている結構ご長寿なシリーズです。基本的には帝都大理工学部物理学科の准教授 湯川学(福山雅治)にもとに新人刑事(第1シーズンは柴咲コウ、第2シーズンは吉高由里子)が事件の際に起きた超常現象の解明を依頼しに来るという1話完結型のドラマ。私が思う面白さは主に3つあります。

1.実証実験という名の種明かしの面白さ

恐らくこのシリーズの一番の醍醐味です。幽体離脱やテレポーテーション、念力といった胡散臭さたっぷりの現象を天才物理学者が鮮やかに立証していきます。特に実証実験を行う種明かしのシーンは好奇心と感心がピークに。何回見てもその巧妙さに唸らされます。これの影響で理系を志した人もきっと居たでしょう(なぜ俺は目指さなかったのか…)。なので、どちらかと言えば「犯人は誰?」よりも「なぜこんな事が起きたのか?」にフォーカスした稀有なミステリー作品になっていると思います。“現象には必ず理由がある”か、なるほどね。

2.湯川学というキャラの強さ

数あるキメ台詞や唐突に数式を書き殴って事件を解決に導く必殺奥義、頭脳明晰が故の変人キャラが織りなす会話といったキャラの強さがドラマの下支えになっているのは間違いありません。

しかもただの天才ではなく、スーツを着こなすイケメンっぷり。そりゃ福山雅治だし、結局一番格好いい男ってスーツがサラッと着こなせるだと思いますね。おまけにスカッシュやアーチェリーといった様々なスポーツもこなしてしまう身体能力も。それを物理の法則だなんだって考えながらやっているので、そこらの筋肉バ○とは次元が違います。天は二物を与えずは嘘のようなハイスペックっぷり。もはや神の領域です。

3.エンドロールの満足感

ここ最近の地上波のTVドラマで見ることがめっきり減ったエンドロール。これがあるのとないのとでは満足度が変わる気がます。しかもKOH+なるドラマの主役を張る福山雅治柴咲コウが、エンドロール曲を手掛けているという贅沢さがあります。

オープニング或いはエンドクレジットって意外とお金が掛かるみたいな話は耳にした事があります。まぁある種のミュージックビデオですし。視聴率の低迷で今のTV局にはその体力がないのかもしれませんが、出来れば制作して欲しいですね。

心苦しき沈黙の謎

さて、そろそろ本題に入りましょう。

相変わらずな湯川のキャラの強さや二転三転する真相、コロナ禍で遠ざかっていたダイナミックな祭囃子の喧騒を味わうことが出来きたりと面白いのは確かですが、感動するというより心苦しくなる作品でした。

個人的には同じく東野圭吾が手掛けた小説『さまよう刃』が頭を過りました。この『さまよう刃』では少年法が、そして今作は黙秘権が加害者へ断罪の機会を与えず、遺族たちを苦しめる様が描かれます。特に今作では遺族の苦しみ以上に北村一輝演じる犯人を逮捕する事が出来なかった刑事 草薙の苦悩が密に描かれていた印象です。だってあんな苦虫を噛み潰したような顔ばっかりの草薙さんは見たことないよ。冒頭で盛大にゲロってたし、PTSD予備軍って感じです。

このやるせないもどかしさが新たな悲劇を生む何とも心を締め上げられるような展開となっています。どうすりゃ丸く収まるんだって話。つくづく世の中には理不尽に出来てる部分があると思います。

何だか暗いことばかり言ってますが、誰かが誰かのためにという「愛」をテーマにした物語である点は前2作と同じ。そこはちょっとした希望なのかなぁ。「愛」と真面目に向き合った劇場版にはドラマシリーズの爽快さとは一味違った気品が感じられます。

まとめ

以上が私の見解です。

予想を超える程ではありませんでしたが、安定感のあるシリーズであることを証明付けられた気がします。また新作をやって欲しいですね。次は吉高由里子演じる岸谷も出てくる事を望んで(ワンチャン特別出演とかあるかなと思ったんだけど)。

ちなみに小出しにした『さまよう刃』は読んでて精神的にしんどくなる小説。映画化もされてたっけ?そこまで東野圭吾の小説を読んだわけではありませんが、作者史上最も衝撃的な作品だと思います。

ということでこの辺でお開きです。ありがとうございました。

第138回:よく見る「映画」論争を考えてみた

今回はちょっくら映画に関する雑談を。本ブログ始めてから2年半以上経ったわけですが、同時に始めたTwitterも2年半が経つ事になりました。映画についてのアカウントとして動かしているのでTLには映画についてあれやこれやが乱立。そんな中、同じテーマが取り沙汰され定期的な論争になっているように見受けられます。無論私は蚊帳の外から一幕をチラッと覗くだけのザ・外野ですが、ふと“自分はどうかなぁ?”と考えてみた4つの議題について適度にまとめてみようと思います。果たして貴方は共感?それとも反感?まぁ知ったこっちゃないですが。ちなみに結構偉ぶった内容になるので腹の立つの人はどうぞお引き取りを。どうせ私の駄文ばかりの三文ブログに付き合ったって何も得られませんよ。

 

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↑おぉ論争じゃかかってこいやぁ!シャキーン!

邦画はつまらない論争

まずはこちら、

「邦画はつまらん!vs そんなことない!」

これに関してはフィルムドキュメンタリー『ストーリー・オブ・フィルム』を語った際に扱ってました。なので同じ話をするのも野暮ったいので手短かに。

買い付け師というフィルターや制作費等の規模の違いがあったりするので相対的に言えば洋画で空振りをする確率が低いかもしれません。ただそれが全てではありませんよね。私自身、丁度2年前ぐらいのコロナ禍で洋画が減ったタイミングで面白い邦画に沢山出会う事が出来ましたし、視野を広げてみることや自分に合う/合わない作品かの選球眼を身に付けるのが大事だと思います。食わず嫌いが一番勿体無い。

それに世間の評判や風潮なんて気にしている内は生涯のベストには辿り着けないと思います。自分にとって大切な作品って自分でしか見つける事が出来ないので。

↓詳しくはこちら

captaincinema.hatenablog.com

エンドロール離席論争

お次は映画館における

「エンドロールで席を立つな、邪魔だ!vs 個人の勝手だ、自由にさせろ!」

私自身エンドロールは観る派です。余韻に浸るとか上映後のゆっくり明るくなってくる場内が好き等々理由はありますが、結局一番は“この部分も料金に含まれてるよなぁ”がデカい気がします。出たよ、貧乏性。

勿論離席する人の気持ちも汲み取れます。生理現象の格闘やスケジュールの都合、作品に対する憤慨だったり理由は十人十色。私も膀胱という名のダム決壊の危機を迎えエンドロール中に出た事ありますし色々あるさ、しょーがない。マナーや良識を守っているなら何ら問題のない話なので、わざわざ言い争うのもストレスだと思いますね。

ちなみに家で映画を観る場合はちゃんと座った状態でエンドロールを観る事がほとんどありません。垂れ流しの状態でお菓子や携帯に手が伸びたり。夜だと歯ブラシ片手に観るは恒例行事。家だとね、色々と目についちゃうんだ。だからこそ映画館という世俗から切り離される特異な空間でのエンドロールは大事にしたいものです。

ポリコレ論争

お次は、

「ポリコレが映画をつまらなくしている!vsそんなわけねぇだろ、差別すんな!」

ここ最近よく聞くようになった「ポリコレ」。正式名称は「ポリティカル・コレクトネス」、直訳だと「政治的誤りのないこと」になります。ざっくり言えば、人種や性別などの違いによる偏見や差別が含まれない中立的な表現や用語を用いることだそう。とりわけ映画では人種や性別における中立的なキャスティングで話題になる印象のワードです。私最初にこの文字列見た時、ハロプロか何かだと思いましたよw。ってな感じでこの辺に関しては明るくありません。

明るくないせいでしょうか。ちょっと配慮し過ぎの風潮に見える時もあると同時にマーケットの裾野を広げたり各企業のイメージアップを図るための戦略の一環かもしれないと思うこともあります。ただ一つ間違いなく言えるのは、ポリコレに配慮したから映画がつまらなくなるのではなく、原因はもっと根本的な部分にあるということです。

例えば登場人物のキャスティングに特化した点で言えば、注目すべきは人種や性別ではなくその役者の演技力やカリスマ性みたいな部分でしょう。って言うかそもそも魅力を感じないキャラクター設定であれば、それまでの話。ぶっちゃけ素人なんかの演技の善し悪しって大雑把だし、キャラ設定の方が重要だわ。中身が薄かったり観ている側を悪い意味でイライラさせるキャラはどんなに芸達者な実力者が演じたところでつまらないです。

丁度現在公開されている日本の小説を様々な人種の役者が演じる『ブレット・トレイン』や冒頭で性別は関係ないと打ち出す『さかなのこ』がいい例かもしれません。両作品ともポリコレの観点で語る事が出来そうですが、結局映画は面白いか面白くないかだけの話だと思うので、正直私はあまり気にしません。勿論、面白い/面白くない には個人差がありますが、要するにつまらないと感じる映画はどっかが破綻している可能性があるってことです。ポリコレのせいにするのは大抵の場合ミスリードでしょう。

ちなみに最近某ディズニープリンセスの映画の予告編があーだこーだ言われていますが、本編を観ていてない段階で良い悪しを言うのはあまり気が進みませんね。まぁ私自身はそもそもディズニーアニメーションの実写映画化は基本スルーしている人間なので、恐らく観ないと思いますが。すんませんねぇ。

↓『ブレット・トレイン』について詳しくはこちら。

captaincinema.hatenablog.com

字幕派吹き替え派論争

最後は、

「洋画は字幕に決まってる!vs 洋画は吹き替えに決まってる!」

これに関しては「作品による」としか言いようがないですよ。

映画館で観る時は基本字幕。そもそも洋画の吹き替え上映って少ないので自ずと字幕が増えます。ただピクサー作品だけは吹き替えで観に行っている気がします。上映回数も多いのも理由ですが、子供の頃から吹き替えに慣れ親しんでいるというのもあります。同じように子供の頃から観ていて慣れ親しんだタイプの作品は割と吹き替えで観たくなります。例えばアーノルド・シュワルツェネッガーシルヴェスター・スタローン主演作品。あとは「ジュラシック・パーク」シリーズやサム・ライムの「スパイダーマン」シリーズもかな。どっちかに偏るのも当然個人の勝手ですが、自身のニーズに合わせて使いこなすのが上手い付き合い方だと思います。

まとめ

以上、各論争についてのモヤモヤした気持ちを勝手にぶちまけました。

それにしてもどうですか?この立場を明確にせず肯定も否定もしないスタイルは。これぞ我が文章マジック!(何言ってんだ)それは置いておいて、まとめとして映画のことのみらず意見の摩擦や貶し合いに対して常々思う事を書き記しておきます。

人間、思ったり考えたりすること自体は自由です。それがどんなに卑劣で差別的な事であったとしても各々の思想や価値観に制約を掛けるのはお門違いでしょう(制約ではなく教育は必要かもしれませんが)。大事なのはその思った事を言動に現すか否かです。ガキじゃないならコミュニケーションをする上であえて黙ることやオブラートに包んで表現する事の大切さは重々承知のはず。これさえ頭の隅に入れとけば差別や誹謗中傷、蔑み合いは多少軽減されそうなもんです。

とか言ってる自分がこうして思いをぶちまけているという矛盾に気付いたので撤収します。この辺でお開きです。ありがとうございました。